大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2274号 判決
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【判旨】
1 被告は、もとの商号を株式会社柏崎市場と称し、大阪市西淀川区歌島一丁目一一六番地に旧市場を所有し、その中の店舗を業種を異にする多数の商人に賃貸するとともに、その商人だけがそれぞれほぼ等しい株式を有する株主となつている会社であつた。
原告は、昭和二六年九月一五日(一)の建物部分の賃借権と株式を譲り受け、旧市場の商人となり薬局を経営していたが、昭和三三年二月被告から(一)の建物部分の横のわずかの空地であつた(二)の土地に(一)の建物部分を増築することの許可をえて(二)の建物を建築し、たばこ小売業をも合わせて営むようになつた。このようにして、原告は(一)の建物部分を賃借するとともに(二)の土地をも賃借したのであるが、後者は前者に附随して行われたものであつて、独立のものではなく、賃料も一体として支払われていた。
2 ところが、旧市場は大型車を含む自動車通行の頻繁な大通りに面していて、騒音、衛生等の点で問題があり、また買物客の安全、便宜の点にも配慮すべきところがあつた。そこで、昭和四二年ごろ被告において大阪府の産業能率研究所の診断を仰いだところ、旧市場のままでは市場として存立していくことに難点があるが、そこから約五〇メートル離れていて、大通りからも少し奥まつたところにある土地が市場として適当であり、これに移転した方がよいとの結果がでた。右土地は、高村浩喜が金又龍泰名義で所有している土地と飛島建設株式会社が取得することのできる土地から成つており、これと旧市場敷地を等価交換すれば、被告はかなりの剰余金を取得できるから、この金員を建築資金に当てれば各商人には余り負担をかけることなく新しい市場建物を建築することができると見込まれたので、被告では、以来しばしば株主総会や商人会を開いて意見を交換し、移転の是否、具体策等を検討した。
3 結局商人の大多数は、移転に賛成したが、原告はこれに賛成せず、酒類小売業をしている佐野公造も当初は賛成していなかつた。原告や佐野が移転に賛成しなかつたのは営業許可の関係からだというのであり、原告によると薬局の距離制限により新市場では薬局の営業ができないからというのであつた。しかし、佐野はのちに営業許可がえられる見通しがついたとして移転に賛成する立場に転じた。
事実新市場からは、当時の条例による一三〇メートルという距離制限の範囲内に池永某が経営するみどり薬局があつたので、被告の理事者が当時大阪府庁に問い合わせたところ、集団的な市場移転の場合などには既存業者の同意があれば特例がはかれないものでもないとの回答がえられ、一方右池永に当つてみたところ、同意してもよいとのことであつた。
4 昭和四二年三月ごろ有馬温泉で株主総会兼商人会が開催され、正式に市場移転が決議され、この結果はそのころ被告の理事者を通じて右の会に欠席した原告にも伝えられた。
5 かくして、被告は、飛島建設らと土地交換の具体的交渉に入り、原告もその交渉委員五名の一人として加わつた。飛島建設側は、旧市場の敷地全部の明渡を要求していたが、原告だけが右の距離制限を理由として新市場に移転することに反対していた。しかし、原告の賃借部分は、旧市場敷地の表通りに面した角地にあつて、右敷地の中で最も重要な位置を占め、ここの部分の明渡がえられないと右敷地の利用価値がなくなるので、飛島建設側としては原告の賃借部分をそのまま存置することを認めるわけにはいかないとの態度であつたが、結局、右の営業許可がおりるまではとりあえず撤去予定の旧市場建物のうち、事務所部分の建物だけを原告のために存置してこれを原告に貸与し、将来営業許可の見通しのついた段階で新市場へ移転してもらうとの妥協案で折れた。そして、飛島建設らと被告は、昭和四二年七月右の妥協案を折り込んだ覚書を作成し、ついで、昭和四三年二月二三日本件交換契約を締結した。この間、原告は交渉委員の一人であつたが、このような妥協案に格別の意思を表示しなかつたし、被告の理事者は原告の説得を続けた結果右の案ならば応諾してもらえるものと判断し、新市場への移転作業をつづけた。
6 被告およびその商店会では、旧市場の営業を昭和四三年九月末までで終了し、新市場に集団移転して、新市場での営業を同年一〇月一日から始めた。新市場では、その入口に面した最も良好な位置に原告のための新店舗を用意したが、結局原告は、前記旧市場事務所にも移転せず、新店舗にも移転しなかつたので、飛島建設としては原告の賃借部分の収去をすることができず、土地利用の予定が狂つてしまい、損害を受けた。やむなく、飛島建設は、同年一一月二一日原告に対し建物収去土地明渡等を求める訴を提起して、昭和四七年九月八日認容判決をえたが、原告の控訴にもとづくその控訴審で昭和五〇年一二月一一日本件和解をした。このようにして、原告は飛島建設から本件(一)、(二)の土地を含む土地を取得し、現在に至るまで従前どおりの営業をつづけている。
7 なお、被告のほかにも二、三の人達が旧市場から新市場に移転しなかつたが、その人達は旧市場閉鎖の時点までに旧市場から退去しており、また、右のとおり、被告は新市場内に原告のための新店舗を用意していたが、原告が本件和解によりその土地使用権を確定的に確保したのちである昭和五〇年右店舗を薬局営業者に貸与した。
以上のとおり認められ、前記甲第六号証の五、六、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四右認定の事実によると、(一)の建物部分の賃貸借は期間の定めのないものであるところ、被告は、昭和四二年三月ごろに行われた移転決議をそのころ原告に伝えることにより原告との間の右賃貸借契約解約の申入をしたものと認められる。
そこで、右解約の申入の正当事由についてみるに、被告は、市場を所有し、この市場内店舗を業種を異にする多数の商人に賃貸することを目的とする株式会社であるが、一方ではその商人だけがそれぞれほぼ等しい株式を有する株主であるという関係にあるから、もともと会社すなわち賃貸人の意思は株主すなわち商人である賃借人の意思により形成されるという関係にある。一般に、市場というものは、同一の建物内に業種を異にする多数の商人が集ることによつて経費を節減しつつ購買者の便宜をはかり、その関心を高め、とり多くの購買者を集めて一層の利益を上げることを目的とするものといえ、それはまた社会公益の要請にも合致するものなのであるが、市場としては、全体としてあるいは個々の商人各人が他の市場や商店と営業を競わなければならず、このような競争に打勝ちながら右の目的を達成するためには、設備の改善や各商人の協調、不断の営業努力が必要であることはいうまでもないが、なによりもまず立地条件にめぐまれることが必要であると考えられる。このようにして各商人は、市場内の商人であることにより多くの利益を受けるが、その反面、営業方法、営業時間等種々の面で他の独立商人と異なつた多くの制約を受けるものと観察せざるをえない。ところで、被告の再市場は立地条件に難点があり、専門家の診断によつてもこれが裏付けられていて、新市場への移転が株主すなわち商人の大多数の賛成のもとに決定されたものである。通常このような移転には、新土地の確保が極めて困難であるとか、その獲得のための費用、新建物の建設費用等が莫大になるという難点があると考えられるが、本件の場合は、旧市場からわずか五〇メートルという至近のところに適地があり、しかも土地の交換に加えて支払われる剰余金にもとづいて施設を一新した新市場の建設費用をもほぼまかなうことができ、したがつて商人にかける負担は比較的少なくてすむという好条件にめぐまれていたといえるのであつて、ひつきよう、右移転には必要やむをえないところがあつたといえるし、その方法も合理的で、相当なものであつたということができる(また、そうであるからこそ商人の大多数が移転に賛成したものと思われる。)。本件の場合、個々の商人は店舗部分の賃借権を有しているのであるから、それを消滅させることに同意するか否かは一応その自由な判断で決することができるといいうるが、もともと叙上のごとき目的を有している市場内の商店を賃借したものであり、その商人としての立場からすれば、市場の存立発展上の必要があり、そこで採られる方法が合理的で相当といえ、かつそれが多数の意思にも合致しているときは、当面の改革案に異論を有している者でも、結局はこれに協力するか、それができないまでも、少なくとも積極的、建設的な方向でその検討をすることが要請されるというべく、もし各商人がそれぞれ市場構成員の立場で考えず個人的な都合ばかりを表に出しているならば、もはや市場としての統一をとることができず、ひいては市場の存立を危くし、かえつて各商人が損失を受けることになるのである。もとより、いかに市場発展のためには望ましい改革案であつても、合理的な理由にもとづく少数意見を多数で抹殺するがごときことが許されるべきものではなく、原告の移転反対の理由は距離制限を理由とする営業許可の問題にあつたというのであるから、それは一応合理的なものであつたと評することができる。しかし、そのために被告が検討したところによると、方策はあつたというのに、本件において原告が新市場における営業を前提として営業許可を申請するなど具体的な行動を起した形跡は認められないから、原告のいう反対理由は結局のところ具体性に欠けるものといわざるをえない。とくに、原告の営業場所は、旧市場敷地の中でも表通りに面した角地にあり、そこを欠くと、旧敷地全体の利用価値を損い、叙上の交換を前提とした移転計画に決定的といえる支障をきたすことが明らかであるから必要かつ合理的で相当といえる本件移転計画を推進するためには、原告としては市場商人の一人として、なんらかの具体策を検討することが期待されるのに、原告は例えば新店舗における営業許可を申請してその取得の努力をするわけでもなく、妥協策としてとられた事務所部分への移転をも肯んぜず、そのまま居残つてしまつたのである。たしかに、原告の営業場所は表通りに面しているから、原告がそのままそこに居残っても、旧市場の移転にかかわらず営業を続けることができるし、その業種からすれば、原告としてはどうしても市場商人の一員でなければならない必要もないということはでき、すでにその営業場所を本拠として少なからざる顧客を取得していたということも推測にかたくなく、にもかかわらず、市場全体の発展という名目のもとに、いかに近いところであるとはいえ、あるいはそこに用意されている原告のための店舗がいかに望ましい場所にあるとはいえ、さらにたとえそこで営業することの許可がえられたとしても、そこに移転することは原告にとつて迷惑であつたということは考えられないではない。しかし、同様のことは、多かれ少なかれ他の商人についても妥当すると考えられるのに、他の商人はそのほとんどが新市場に移転しているし、移転しない商人は退店しているのである。もともと、被告、すなわち賃貸人側の事情といつても、本件の場合被告の株主の全員である店舗の賃借人の事情と同一に帰するものといえ、しかも当面の移転計画に必要性、合理性、相当性があり、かつその賃借人の大多数が右計画に賛成している以上、被告としてはたとえ原告が賛成しないにしても、計画を推進せざるをえない立場にあつたということができるうえに、被告が移転に賛成しない原告のためにとつた手段は決して高飛車なものではなく、原告の立場を充分に考慮した方策をたてて説得に努めていたといえるのであつて、以上述べたところを総合すると、叙上解約の申入には正当の事由があるということができる。
(川口冨男)